モユヒビ

気軽に気楽に〜♩やりたい事をやりたい時にやりたいだけ〜✨

卵巣癌闘病記<7>迷い〜手術〜退院

f:id:xxmyu3logxx:20191028130125j:plain


 

とうとう、子宮も卵巣も摘出するんだ・・・・

 

子供が産めなくなるんだ・・・・・

 

自分の命の為に、治療を頑張る事=子供を産めない体になる事を選択しなきゃいけない

 

 

手術準備として入院してるのに

まだどうしても決意できず、悩み続けてました。

 

 

悩んでも悩んでも結論が出ない・・・・

出したくない・・・・

 

 

人間、努力すればその分、自分の希望へ近づくと信じてました。

 

命の為に治療を努力することは、結果、子供が産めない体になるなんて・・・

 

 

私は何を頑張ればいいの?

治療を頑張って、自分の望みじゃない方向へいくの?

 

もう、何回、何十回考えても結論がでませんでした。

 

 

予定してた手術の日程も遅らせてもらったり

本当にワガママな患者です・・・・。

 

 

そんなときに、一緒に入院してた(前回の手術の時にきてくれた)

Oちゃんがこんな風な話をしてくれました。

 

 

「もゆぅちゃんが木だとすると、いろんなものを得る為に

 一生懸命頑張ってきたんだよね

 

 たくさんの枝をつけ、実をつけれるように・・・・・

 

 でも、これ以上、自分に無理をして枝を伸ばし実をつけたとしても

 木自体がもう限界だったとしたら・・・・

 

 枝を剪定する事、手放す勇気も持たなきゃいけないんじゃない?

 

 まずは木である自分自身を治して倒れないようにしなきゃ」

 

 

 

自分の希望へと向かうための、努力はいくらでもできるし

怖いことにだって、立ち向かう勇気はあるのに・・・・

 

思ってた通りじゃない方向へ足を踏み出す勇気は

これっぽっちも持てない自分・・・。

 

 

もしかしたら、そうゆう事ができない私だから、

今、この状況を作ってしまったのかも・・・・

 

 

もう逃げてもダメなのかも・・・・

 

 

 

この状況を変えられる力もない・・・・

かと言って、受け止められる強さもない・・・・

 

 

 

悩むとゆう言葉では、表現できない毎日でした。

 

 

そして、手術の日になりました。

 

その前の日から、私は『生理』になってました。

それもちゃんとした周期、ピッタリに

 

 

こんなにちゃんと動いてくれてる子宮を摘出するんだ・・・・

 

すごく申し訳ないような、辛い気持ちで胸が詰まりました。

 

 

手術は、先生の言ってた通り

お腹の中に転移がないか調べる為に

8時間ほどかかりました。

 

 

手術中に家族は、摘出したものを先生に見せられるらしいです(笑

 

 

私の子宮なのに、旦那は見ていて私は手術中で見れてないだなんて

なんだか理不尽なような気も・・・(笑

 

 

私の体というと・・・・・

 

胸の間から恥骨辺りまでザックリ切られちゃいました(笑

30センチぐらいかな・・・・

 

 

そこを糸で縫ったあとに、ホッチキスみたいなので

50針ぐらいとめてあるんだけど、

 

 

お腹にチャックがついてるみたいで、笑えました(笑)

 

 

驚いたのは、下っ腹がボコっとえぐられて

すごい形に!

 

 

夫は、毎日仕事帰りに病院へ寄ってくれました。

 

食欲がない私が唯一食べれたのが

なぜだか「カレーまん」

 

 

それを毎日買ってきてくれて、

病室に来るたびに、しょーーもない笑いネタを仕込んで現れます

 

 

言葉では、ぶっきらぼうだし、慰めてくれたり励ましてくれるような

ハッキリとしたことは何も言わない夫。

 

 

ただ、毎日病院へ寄ってくれ、私を笑わせるだけでした。

 

 

 

婦人科へ入院していると、どうしても避けて通れないのが

隣の産科病棟

 

 

お腹の大きな妊婦さんがたくさん入院してました。

多分、その方達も大変な状況だったり、

すごく辛い思いをしてるんだと、頭では理解できたのですが

 

 

それでも、私はその姿が羨ましくて

赤ちゃんが産まれて、家族の方がお見舞いにこられて

楽しそうな雑談の声や、赤ちゃんの泣き声を聞くのが

 

すごく辛かったです・・・・・・。

 

 

その中で、自分は抗がん剤治療

 

しんどくて辛いのは、当たり前

しかも、私はただ生きる為・・・・みんなの当たり前のレベルまで近づくのに

こんなに頑張らないといけないんだ

 

 

すごく情けなく感じました。

 

 

あるときは、『死』を感じ、怖くなりつつ

『生きなきゃ』と自分に言い聞かせたり

 

あるときは、『もうどうなってもいいや』と投げやりになったり

 

 

そんな風に、いろんな感情が湧き上がりながらも

 

 

 

7クールの抗がん剤を終えました。

 

 

 

そして、やっと退院です。

癌が最初に発覚してから3年目の

4月に退院しました。